人生100年時代、「歯が割れる」トラブルは他人事ではありません
かつて、歯を失う最大の原因は虫歯や歯周病でした。
しかし、現代の日本において「長寿」が当たり前となる中で、新たな問題として浮上しているのが「歯が割れる(破折)」というトラブルです。
「歯が割れる」と聞くと、スポーツ中の事故や硬いものを噛むなどの特別なアクシデントを想像されるかもしれません。しかし実際には、自覚のないまま静かに進行し、ある日突然「パキッ」という音や激しい痛みとともに表面化するケースが増えています。
私自身も経験がありますが、自分の歯が割れるというのは非常にショックな出来事です。しかし、「割れた=即・抜歯」とは限りません。現代の歯科医療では、適切な診断と処置によって、割れた歯を残せる可能性も広がっています。
本記事では、見逃されやすい歯のヒビのサインから、なぜ歯が割れてしまうのかという根本的な原因、そして運悪く割れてしまった場合の治療の分岐点まで、歯科医師の視点から詳しく解説します。
1. 歯が割れているかもしれない…見逃せない「5つのサイン」
歯のヒビや破折は、鏡で見ても自分ではなかなか確認できません。また、症状が一時的であったり、他の病気と似ていたりするため、放置されてしまうことも少なくありません。

まずは以下の項目をご自身でチェックしてみてください。
● 温度刺激や甘いものへの違和感:
冷たいもの、温かいもの、あるいは甘いものを口に含んだ際、特定の歯が「キーン」としみたり、痛んだりしませんか?
● ブラッシング時の痛み:
歯ブラシが当たると、いつも決まって痛む箇所がある。
● 食事中の不快感:
食べ物を噛んだ瞬間に鋭い痛みが走る。また、特定の場所にやたらと食べ物が詰まり、不快感がある。
● 歯ぐきの異変:
体調が悪くなったときに、歯ぐきに「ニキビのようなおでき(フィステル)」ができたことがある。
● 舌や指で触れた時の感覚:
舌先で触れると、なんだかすごく尖っている箇所がある。指で触ると違和感がある。
また、意外なサインとして「鼻の症状が通年残り続けている」というものもあります。これは、上あごの奥歯の根元が副鼻腔と近いため、歯の亀裂から生じた感染が鼻の症状として現れることがあるからです。
これらの症状がある場合、歯科医院で詳しく検査することをお勧めします。早期発見ができれば、抜歯を回避できる可能性がぐっと高まります。
2. なぜ歯が割れるのか?歯科医療の発達で見えてきた「3つの大きな原因」
先進的な歯科医療が普及した現代においても、歯が割れるリスクは常に存在します。その原因は大きく3つに分けられます。
1. 歯そのものの問題(虫歯と不適切な修復物)
最も一般的な原因は、虫歯による歯質の弱体化です。虫歯は小さな穴や変色に見えても、実は内部で大きく広がっていることが大半です。細菌の酸によってエナメル質や象牙質が溶かされ、歯が「中空」の状態になることで、噛む力に耐えられず割れてしまいます。
また、以前治療した際の「不適切な形の詰め物や被せ物」もリスクとなります。詰め物と自分の歯の間に隙間があると細菌が繁殖し「二次う蝕(虫歯)」を引き起こします。被せ物をしている歯は神経を失っていることが多く、気づかないうちに虫歯が進行し、被せ物が外れた時にはじめて「大きく歯が欠けていた」という事態が起こります。
2. 「土台(コア)」の構造と素材の問題
神経を取った歯は脆いため「土台(コア)」で補強しますが、この作り方次第で将来の破折リスクが変わります。
金属製の土台を「くさび形」に深く打ち込む方法は、噛む力が加わるたびに歯の根っこを押し広げるような力が働き、数年後に亀裂(垂直性歯根破折)を引き起こすリスクが高いことがわかっています。
3. 蓄積された「力」の影響(食いしばり・噛み合わせ)
虫歯が一つもない健康な歯でも割れることがあります。
他の歯を失ったり、入れ歯がすり減ったりしていると、残っている特定の歯に過剰な負担が集中します。
さらに、食いしばりや歯ぎしりで歯に想像以上のストレスがかかり、積み重ねによってある日突然、耐えきれなくなった歯が割れてしまいます。
3. 歯科医院で行う「精密な診断」:目に見えないヒビを見つけ出す
歯が割れているかどうか、そして残せるかどうかの判断は、歯内療法の経験と診断精度に大きく左右されます。正確に判断するには多角的な検証が必要です。当院では以下のステップで診断を行います。
① 視診・拡大鏡検査:
肉眼や拡大鏡(ルーペ)で明らかな亀裂や歯ぐきの炎症を確認します。
② デジタルエックス線撮影:
歯の亀裂や、周囲の骨が溶けていないかを確認します。ただし、エックス線は二次元画像のため、角度や骨の厚みによっては亀裂が写らないこともあります。
③ 歯科用CT撮影:
エックス線で判断がつかない場合、CTを用いて三次元的に診断します。CTなら内部構造や微細な亀裂、骨の欠損状態も立体的に把握でき、より確実な診断が可能です。
4. 分岐点:あなたの歯は「残すべき」か「抜くべき」か
「歯が割れた」と診断された際、最も重要なのは「抜かずに済むかどうか」の基準です。その最大の境界線は、折れた位置が骨よりも浅いか深いかにあります。
ケースA:歯を残せる可能性がある場合
● 折れた位置が歯ぐきよりも浅い場合:歯の根っこがしっかりしており、折れた箇所が歯ぐきより浅い位置にあれば、多くの場合、残すことができます。
● 土台を立てる十分な長さがある場合:被せ物を支えるための十分な歯質が残っていれば、神経の処置や補強(ファイバーコア等)を行うことで、再び自分の歯として機能させることが可能です。
治療の流れとしては、まず痛みを抑え、必要に応じて根管治療(神経の掃除)を施します。その後、「歯を削りすぎない」設計で土台を作り、最終的な被せ物を作成します。
ケースB:どうしても抜歯が必要となってしまう場合
以下のような場合は、無理に残すことがお口全体の健康を損なうため、抜歯を推奨せざるを得ません。
● 骨よりも深い位置で折れている:細菌感染を防ぐことが困難で、放置すると周囲の骨まで溶かしてしまうリスクがあります。
● 垂直歯根破折(真っ二つに割れている):根っこの先まで亀裂が入っていると、噛むたびに割れ目が開き、激しい痛みや炎症を引き起こすリスクが高いです。
● 残っている部分が少なすぎる:物理的に被せ物を維持できず、無理に残してもすぐに外れたり、隣の歯に悪影響を及ぼしたりします。
「抜歯」と聞くとショックを受けられるかと思いますが、痛みや腫れを繰り返すリスクを終わらせるための「前向きな選択」でもあります。
5. 抜歯が必要になった後の「早期計画」のメリット
もし抜歯が必要になったとしても、現代の歯科医療には失った機能を補うための優れた選択肢が揃っています。
1. インプラント:
隣の健康な歯を削ることなく、自分の歯に近い感覚で噛むことができます。
2. ブリッジ:
固定式で違和感が少なく、比較的短期間で噛めるようになります。
3. 入れ歯:
取り外しが可能で、身体への外科的負担を比較的少なく抑えられます。
大切なのは、抜歯する前から「抜いた後」の計画を立てておくことです。そうすることで、歯がない期間を最小限に抑え、スムーズに日常生活へ戻ることができます。
6. 歯を割らないための「究極の予防」
一度割れてしまった歯を完全に元通りにすることはできません。だからこそ、日頃からの予防が何よりも重要です。
● 神経を残す努力をする:
神経を抜いた歯は治療の過程で大きく歯を削るためもろくなります。虫歯を早期発見し、できるだけ神経を残す治療を受けることが歯の破折予防への近道です。
● 最新の素材で補強する:
従来の金属製土台ではなく、歯の状態に応じて「しなり」があり折れにくい樹脂製(ファイバーコア等)を選択することで、歯の寿命を延ばせます。(歯の状態によっては金属製の土台のみしか適応できない場合もあります)
● 「力」をコントロールする:
食いしばりの自覚がある方や朝顎がだるい方は、睡眠中にマウスピース(ナイトガード)を装着することを検討してください。これにより、歯にかかる過剰な負担を大幅に軽減できます。
● 定期検診での「二次う蝕(虫歯)」チェック:
詰め物の劣化を早期に見つけることが、結果的に歯が割れてしまうことを防ぎます。
しっかり噛めるということは食事を楽しむことに直結します
「歯が割れる」という出来事は、確かにショックなことです。しかし、それは裏を返せば、これまでの噛み合わせや生活習慣、ケアの方法を見直すための大切なサインでもあります。
人生100年時代、自分の口で美味しいものを食べ、元気に笑い続けるためには、歯を守るための気の合うパートナー(歯科医師)選びが欠かせません。
「これってヒビかな?」「最近なんだか違和感がある」と少しでも不安に思ったら、放置せずにご相談ください。早めの診断こそが、あなたの歯を残すための唯一の方法です。私たち歯科医師は、あなたの歯の状態や生活に合わせた最善の解決策を一緒に見つけていきたいと考えています。